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自分のことは自分で整理する(7)~書籍・雑誌・映画祭カタログを処分した方法

16年10月急性白血病と診断され即日入院、4か月半病院で過ごしました。医療技術の進歩で今でも生きておりますが、その時思ったことは「今まで後生大事に集めた本や資料やガラクタを誰が片づけてくれるのだろうか」ということでした。両親が無くなり実家の整理の大変さを感じていた私は、自分の番になって家族に迷惑をかけられないと痛感しました。丁度、大学を定年退職する時だったので、これを機に書籍・雑誌・カタログを処分することにしました。どう処分したかの前に、どのようなものがあったかを述べます。

「本集めの学生時代 70年代」
私は団塊の尻尾世代に属し、先輩などよりは読書もせず、「新世代」と揶揄されていましたが、それでも本をよく集めていました。当時、映画関係の評論雑誌が多数発行されていて、毎月「映画評論」「映画芸術」「映画批評」を買い、佐藤忠男氏の「映画史研究」、東映労組の「大泉スタジオ通信」を定期購読していました。また神田の矢口書店などで映画関係の古本を買い読み漁っていました。静岡大学時代は、3畳間に3本のスチールラックを並べ、悦に浸っていました。友人の下宿を尋ねていくとまず本棚を見ていて、本棚は自分の思想、信条を表現する場であると認識していました。
「図書館利用のサラリーマン時代 80年代」
就職してからは毎日忙しく、さすがに本を買い集める癖はなくなりましたが、それでも自然に増えていきます。何回が引っ越しをしましたが、二度と読まないであろう「ツンドク本」を毎回箱詰して運搬することに辟易しました。そのため、30代後半からは本は極力買わないことにし、買ってしまった時は、読み終わったら誰かにあげるようにしていました。2週間に1回、目黒区民センター図書館、洗足図書館から10冊借りて読む生活をしていました。10冊といっても、半分は写真集など見て楽しむ本を混ぜています。40代になって、前橋に別宅を建てた後は、ほとんどの本はそちらに保管して、自宅には辞書、事典、地図などしか置かないようにしました。
「資料が増加する専門活動時代 90年代」
ハイビジョン、マルチメディア、日本映画振興、韓国映画支援などのテーマで仕事をするようになって、関係資料がどんどん増えていきます。書籍は時代の流れに追いつかず、メディア関係書籍は出版時にはすでに古い情報になっていて、買うものは多くありません。しかし、仕事をするに当たって事前に読んでおくべき本は、購入せざるを得ません。例えば、日本の映画産業関係、韓国映画史、黒澤明監督などの関連書籍です。また、原稿を執筆した雑誌などが溜まっていきました。

「海外資料が溜まるフィルム・コミッション(FC)時代 2000年代以降」
FCの活動を始めてから、海外の情報が必要になってきます。国際映画祭のカタログ、海外FCのダイレクトリー、Hollywood Reporterなどの海外雑誌などが増え続けました。それらの多くは京橋のフィルムセンターにあった事務局に置いていましたが、最後は私が引き取ることになりました。
05年からは山梨県立大学での授業のために必要な書籍が自然に揃ってきます。研究のためではなくても、授業を豊かにするのは相応の勉強は必要です。地域振興、文化振興、企画プレゼンテーション、映画・テレビ・出版・CMなどのメディア関連などの書籍です。一方、関係した報告書、執筆した雑誌、取材された書籍、サインが入った寄贈本も増えていきました。また山梨県民とのコミュニケーションを図るために、武田信玄をはじめとする時代小説を200冊(すべて105円)BookOffで購入、読み漁りました。(読み終わった100冊はBookOffで4000円で買い取ってもらいました。)

原則的には、極力買わない、読んだら人にあげるという姿勢で生きてきましたが、人生の垢のように書物は増え続けます。今回、その垢を一気に捨て去りました。今手元にあるのは、今読むべき30冊の本だけです。
さて、一体どのように処分したか、その方法を報告します。

「大学の研究室」

メディア論、授業に関係する書籍約200冊は、大学図書館に寄贈しました。今多くの図書館では、寄贈されても登録の多くの手間がかかるため、あまり喜ばないといいます。私の本はほとんどが授業関連ですので、学生にとっては近しい存在のものですので、持っていってもらいました。人からもらったサイン本も混ざっています。まあ昔こんな教員もいたのか、と懐かしく思ってもらえばいいかと思った次第です。

ついでに必要かどうかは不明ですが、プサン映画祭をはじめ、国内外映画祭の公式カタログも100冊ほど寄贈しました。それがどうなったかは確認していません。

その他、私が執筆・取材された書物以外はすべて、「紙類」ゴミとして処分しました。大学での書類、小冊子、報告書などです。処分する時は、中身を読まず、懐かしんではいけません。何も捨てられなくなります。

「甲府の宿舎」

大学での12年間、山梨県職員宿舎に住んでいました。単身赴任ですのでそう多くの書物はありません。ただ、エレベータなしの4階ですので、病み上がりの私にとって自分の車に乗せることは無理でした。BookOffの時代小説100冊を含めて150冊くらいです。以前から知っていたシャプラニールの「ステナイ生活」を利用しました。シャプラニールとは、「市民による国際協力の会」というNPOです。もう入会して20年、一時評議員、理事をしていたこともあります。ここが勧める「ステナイ生活」とは、余っている書籍・CD・DVDなどをBookOffに送り、査定額をシャプラニールに寄付するというものです。

https://www.shaplaneer.org/sutenai/ から申し込むと佐川便が集荷にきます。後は何もする必要はありません。CD50枚と共に段ボールにいれ、4箱送りました。寄付金は、5760円でした。

「前橋の別宅」

私の自宅は、品川区旗の台にあります。前橋の別宅は20年前、母が実家のある前橋市に所有していた土地に、共同で立てた家です。その中に私のアトリエ1室があることから「アトリエMM」と称しています。自宅がかなり狭いため、読まなくなったものは全て持ち込んでいました。母が死去した後、私が相続しましたが、自宅と山梨の往復が中心で、年に数回、来る状態でした。そのため、まさに倉庫化していました。退職を機に、4月から片づけを開始しました。

まず、国内外映画祭の公式カタログを寄贈できそうなところとして、神戸映画資料館に連絡しました。以前一度訪問したことがあり、私の好きな映画雑誌などが置かれていて好感を持っていました。カンヌ、ベルリン、ロカルノ、マールデルプラタ、ロッテルダム、三セバスチャン、ロッテルダム、プサン、プチョン、テジョン、香港、上海、高雄、ウラジオストクなどの国際映画祭と国内各地の映画祭のカタログ200冊を5箱、着払いで送りました。少しは喜んでいただいているようです。同時に、映画雑誌の希望を聞きましたが、映画芸術の欠番だけほしいとのことで、3冊だけで多くの雑誌は手元に残りました。

残り約900冊です。県宿舎と同じように「ステナイ生活」でお願いしようと思い、BookOffの受け入れ基準を確認しました。残念ながら雑誌はNG、書籍でもバーコードのない古い物もNGでした。それらが送れないとするとかなり残ってしまいます。ゴミにするのは忍びないので、一括して買い取ってくれる古書業者をネットで探し、八王子のノースブックセンターに着払いで送付しました。2回に分け、都合30箱です。ここで初めて「ヤマト便」を使いました。「ヤマト宅急便」ではありません。時間指定などは緩いのですが、30箱でも伝票は1枚で済みます。この方が料金も安いそうです。1週間くらいして、査定が終わりメールで報告がきました。多くは10円でしたが、映画雑誌もすべて有料で引き取られ、完了しました。約900冊で41,128円でした。

書籍があったところには、世界から集めたシンボルのようなものが並んでいます。

一般書について私のところには、これから読みたいと思っている30冊だけしかありません。辞書・辞典の類もすべてなくなりました。初めて書籍という重い荷を下ろして、解放されたいい気分です。出版関係の友人には申し訳ありません。ご容赦。

3 comment
  1. お疲れさまでした。お元気そうで何よりです。誰にも謝ることはありません。本は、買うことが大事です。買って(読んで)次の手へ。見知らぬ誰かが待っています。

  2. 先生の研究室みたいなところがまだまだあったのですね、笑。片付いてよかったです。

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