Blog映画に関する腑に落ちる話

「紫禁城も秦王宮もある横店影視城」~映画に関する腑に落ちる話(7)

2001年フィルム・コミッションの仕事を始めてから、海外の撮影環境について独自に調査を始めた。世界中の映画振興機関、撮影所、オープンセット、プロダクションなどを廻ってきた。その中で、最も刺激的なオープンセットが、中国にあった。
中国では、北京、上海、西安、長春と主な撮影所に伺ったが、かつての国営施設は全て老朽化している。度々ジオラマになった将来計画について説明を受けるのだが、実現したとは思えない。民間では「上海影視楽園」が有名だが、基本は上海租界セットである。半日で見切れる。以前からスケールの大きさについて聞いていた横店影視城に、長春撮影所の方から連絡を付けてもらって、2007年2月訪れた。もはや10年前のことである。横店影視城は、浙江省の杭州から180km、東陽市横店にある。

私は中国に行くと頻繁にバスを利用する。キオスクで売っている市内地図にはバス路線番号と停留所が掲載されていて非常に便利だ。市内ならどこでも1元~2元。乗っているだけでも楽しい。因みに日本の昭文社の市街地地図には、バスの線は赤く引いてあるが、どこに行く路線か全く記載されておらず、使いものにならない。
中国の近郊バスはまた非常に便利だ。市内中心部から少し離れたところに「バスターミナル」がある。大都市では方面別に複数ある。中国語が話せなくても全く問題ない。電光掲示盤などで出発時間を確認して、座席指定のチケットを買う。出発ゲートが10分前に開き、バスに乗り込む。横店に行くには、「南ターミナル」から4時間の旅だった。途中休憩もあるし、リクライニングシートも快適、ただ大声で電話をする客には辟易だ。

横店の街に着く。ここは横店集団の企業城下町である。この横店集団は、年間売上4000億円の企業グループで、1万人の従業員を擁するという。1976年、化学メーカーから出発し、磁性体業界の世界的トップメーカーとなった。現在は、医療、病院、教育、旅行などの他業種への拡大を行い、その一環としてエンターテインメント産業にも進出した。

横店影視城には、大きく分けて、5つのエリアがある。「秦王宮」「清明上河図」「明清宮苑」
「広州・香港街」「江南水郷」は、すべて映画セット用に多くの建物を並び、それぞれ街を形成している。さらに本物の歴史的寺院「大智禅寺」、名勝地「屏岩洞府」も抱える。とても1日では見切れないし、歩ける範囲を超えている。私は幸運なことにゲスト対応で、運転手つきの車で案内してくれた。

まずは「秦王宮」。
想像上の王宮だが、97年「始皇帝暗殺」(チェン・カイコウ監督98年)撮影に合せて建設された。長さ2300m、高さ18mの城壁に囲まれた中には、宮殿が27棟建設され、メインの宮殿は高さ45m、深さ600mの大きさを誇る。その大きさに圧倒される。真田広之主演の「HERO」(チャン・イーモウ監督02年)では、秦時代ではないのでメイン宮殿は使用せず、敷地内の一角に別の撮影用エリアを新築して活用した。「PROMISE」(チェン・カイコウ監督05年)は、「始皇帝暗殺」と同じテーマなので、作品の冒頭からずっと使用されている。その他、多くの中国時代劇で使用されている。

次が「明清宮苑」。
ここに、北京故宮を同じ実寸大で再現した「紫禁城」がある。北京の本物の故宮は、「ラスト・エンペラー」(ベルナルド・ベルトリッチ監督87年)の際に、特別に許可された後、全く撮影できなくなった。明の時代から建設され、清時代に引き継がれた紫禁城は、広大な敷地に宮殿が並ぶ。写真は天安門をくぐった後にある「太和殿」、本物そっくりだ。100ヘクタールの敷地に北京の街が再現されている。
日本で知られた映画、テレビ番組では、中井貴一が出演した「ヘブンアンドアース」(フー・ピン監督04年)、清朝5代雍正帝時代を描いた「宮廷の諍い女」、NHKの「蒼穹の昴」などで使用されている。

「清明上河図」
中国人なら誰でも知っている北宋時代の名画「清明上河図」を再現したセット。画家張択端が、北宋の都開封の都城内外のにぎわいの様を描いた画巻である。実際の開封の街にも、広大な敷地に同じテーマで再現され、多くの観光客が訪れている。
「広州・香港街」
96年「アヘン戦争」(シエ・チン監督)を撮影するため、建設されたという。現在の香港、広州は非常な発展を遂げたため、かつても面影はない。イギリス統治時代の雰囲気を再現したものである。
「江南水郷」
運河が入り組んだ巨大な水郷の街セット。これも中国の物語に多く登場する舞台である。

以上のそれぞれ広大なテーマセットが、横店の街の周りに配置されている。私は、すべて設備を無料で見せてもらったが、観光客からは1か所100元程度の入場料が必要なようだ。中国は、物価が日本より安く、あまりお金がかからないが、一流観光地だけは別で、入場料だけで100元~300元取るところも多い。

このエリアには、関連ホテルが9つもある。私に用意してくれたホテルはスタジオ敷地内の高台に建っていた。宿泊客は全くおらず、一人でチェックインした。セットを見せてもらって夕食時、やはりお客さんはほとんどいない。案内された部屋は、10人の丸テーブルが中心に置かれ、私専用の女性が注文を取り、ドア際で待機している。スープとチャーハンを頼んだが、いずれも5~6人用の量があり、食べても全く減らない。中国料理は、グループで食べるに限る。

横店影視城の基本コンセプトは、映画撮影が必要なセットを自前で建設して提供し、拡大していくというものだ。前出「アヘン戦争」、「始皇帝暗殺」も撮影が決まってセットを建築したものである。担当者にこれらのセットの使用料金を尋ねた。即座に「無料です」と答えた。オープンセットの使用料は無料だが、撮影に関係するカメラ、照明機材や美術セット、衣装などすべてを有償で提供している。そういえば横店という商店街には、数多くの建築資材や工芸関係の店舗が並んでいた。撮影に関係するものなら何でも作るというわけだ。私が「新宿の歌舞伎町は撮影許可がでない」と話したら、「今度具体的に撮影の話があったら、歌舞伎町のセットを作るので、図面を見せてほしい」と言っていた。

もう一つ重要なポイントは、エキストラである。宮殿前での儀式や兵士の整列など、スケール感を出すためには多くのエキストラが必要である。日本や韓国の大河ドラマでは、メインの戦闘シーンだけは頑張って人数を集めるものの、物語の中では貧弱だ。「2000人の部隊で出陣だ」と言って、中庭に50人しかいない。よくあるケースである。その点、中国は素晴らしい。横店の人々を動員し、衣装を着せて撮影できる。

中国では、各省にテレビ局があり、競って番組を製作している。ホームドラマの他でよく製作されているのが、「抗日ドラマ」と「時代ドラマ」である。そういった撮影をするためには、特別の撮影場所が必要となる。そのために中国各所にオープンセットが作られ、毎日撮影されている。番組のエンドクレジットを見ると、よく分かる。昨年は、その内の一つ、「象山影視城」に行ってきた。まだまだ、行きたいところがたくさんある。

ところで、大連万達集団(ワンダ・グループ)が本年、青島に映画スタジオを開設するというニュースが入ってきた。このグループ会社は、元々は不動産開発会社だが、中国の映画館を買収、映画産業に関与してきた。オーナーは東洋一の金持ちと言われる王健林氏だ。この企業が、16年1月ハリウッドの名門映画製作会社「Legendary Pictures」を35億ドルで買収した。「300」「ゴジラ」「ジェラシックワールド」など数多くの大作を製作してきた会社である。中国での映画製作を念頭に、青島に大規模映画スタジオができる。早速行ってみなくては。

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